新居に引っ越しました。
前回の更新から結構時間がかかったのはそのためでした。
引越後、少し落ち着いたら更新しようと思っていました。
いや〜、結構疲れました(^_^;)
一番疲れたのは、引越の数日前の日曜日。
その日より前から、数日に一回は引越準備をしていました。
段ボール1箱作る、とか。
でも、本格的な作業はその日曜日に。
そうすると、どんどん段ボールが出来て。
恥ずかしながら、翌日に筋肉痛になり、職場の階段を登るのが少し辛かったです。
さて、この引越前〜引越後に、決断することが多かったな、と。
引越前は、何を捨てるか、何を中古品店に出すか、など。
私は、とにかく服が多いのです!
それと、家具や電化製品で何を買うか、とか。
振り返ってみると、即決に近いものが多かったな、と。
自分って、どんな基準で決めているのだろうー
自分が後で後悔しないように?
周りの人に迷惑をかけないように?
値段?
使いやすさ?
ネットのレビュー?
…そんなことを考えてみると、それぞれの物に「決め手」があったな、と。
例えば、新居については、もちろん一つのホームメーカーに決めて、その業者に建ててもらいました。
ホームメーカーは、結局7つくらい見学や相談をしに行きました。
そして、このメーカーに決めた決め手は、値段と品質の良さかな、と。
この値段で、しっかりと耐震等級などを取っているのはこのメーカーでした。
もう一つ例を挙げるとすれば、MacBookかな、と。
まだ届いていないのですが、新しく発表されたNeoのシトラスを買いました。
これは、今のMacBook AirのSSDがもうほぼ一杯なので、買い換えが必然、という感じかな。
今のMacBook Airは、SSDが256GBなのです!
という訳で、512GBのモデルにするのはすぐに決定。
最後まで迷ったのは、Neoの色でした。
最初発表されたときには、「黄色は流石にないでしょ」と思って、シトラスは選ばないつもりでした。
しかし、意外と緑っぽいというネットの記事に加え、実際の物をお店で見たのが決め手になり、シトラスにしました。
本当は、「周りの人に迷惑をかけないように」などの理想的な基準でいつも決められたら、軸がしっかり定まって良いのに、と思います。
自分の場合、いつもそうとは限りません。
まあ、過去の反省もありますが(今のMacBookなど)、一つ一つのことをじっくりと考えて、決めていけたら、と思います。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
「まっすぐ」
ちょっと風邪っぽくなりました。
喉が痛かったり咳が出たり。
熱も少し高かったです。
家族がかかっていたので、まあそこから移ったのでしょう。
職場は、1日休みました。
そしてそのときに行った病院で処方された薬を何種類も飲むことに。
でも、そのお陰で熱は平熱になり、咳も収まってきたかな、と。
皆さんも体調にはお気を付け下さい。
さて、自分が通っている教会では、毎年宣教聖句を選んでいます。
「この一年間覚えておきましょう」という感じで。
その聖句は週報(毎週配られるプリント)に載るようになります。
2025年度のものは私の提案したものが、総会と言って皆さんが集まる会で一番票が集まり、宣教聖句となりました。
ちなみに、それは「コヘレトの言葉」4:9の
「一人よりも二人のほうが幸せだ。
共に労苦すれば、彼らには幸せな報いがある。」
という箇所でした。
その宣教聖句、2026年度のものを決める総会が先日ありました。
候補は二箇所。
一箇所はやはり私が提案したものだったので、もう一つの候補との一騎打ちでした。
そして・・・
来年度も自分の提案したものに決定!!
箇所は箴言3:6
「どのような道を歩むときにも主を知れ。
主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」
という箇所。
自分の提案したものになるというのは、教会の人たちに認められたような気持ちになり、とても嬉しいです(^_^)
さて、どうしてその箇所を選んだのかを少し書いてみます。
来年度は色々と体制というか仕組みというか、それに変更があるので、
「変えなかった方が良かったじゃん」という風にならないように、
「とにかく前を向いて歩もう」という箇所を選びたかったのです。
そこで最初に思いついたのは、フィリピの信徒への手紙3:13-14
「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の賞を得るために、
目標を目指してひたすら走ることです。」
でした。
これは割と知られている箇所かと思います。
しかーし、この箇所は少し長くて、自分でも一語一句正確に言うのが難しいです。
そこで、キーワードとして思いついたのが「まっすぐ」。
私はキリスト教の大学を卒業したのですが、その大学の礼拝で、「まっすぐ」というのがキーワードになるようなメッセージを牧師から聞いた覚えがあったのです。
それで今回の箴言の箇所を思いつければスゴイですが、残念ながら自分はそこまで博学ではありません(^_^;)
インターネットで色々と検索してみて、今回の箇所に行き着いた、というわけです。
まずは提案者の自分がこれをしっかりと心に留め、これからを歩んで行きたいです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
チェス、ボンヘッファー
少し更新まで期間が空いてしまい、すみませんでした。
最近あったこととしては、まずはチェスかな(笑)
コンピューターでAIと対戦できるサイトがあります。
こちらに結構はまってしまって。
これには少し勝てるようになりました。
そして、物体としてのチェスも買ってみました。
そして、家族とやってみたのですが…
それがなかなか勝てない(^_^;)
自分の方が先にルールなどを知っていたはずなのですが。
なかなか、難しいですね。
さて、昨日「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」という映画を見に行きました。
ボンヘッファーについては、映画の前に、高校生くらいの年齢を対象としているような本を読みました。
それも合わせて考えてみると・・・
「ヒトラー万歳!」状態のドイツで、よく反ヒトラーを主張できたな、と。
それはやっぱりすごいことなのだと思います。
彼は39歳という若さで処刑されたようですが、彼が残した言葉等はしっかりと残っているそう。
前回、フランクルについて書きましたが、その番組では「人間が生きた証は確実に残る」とフランクルが主張していた、という話がありました。
という訳で、ボンヘッファーについてもう少し知っておきたいと思って、今日、Amazonで1冊注文。
しかーし、「難解だ」というレビューも散見されるので、果たして自分が理解できるのか…という不安は残ります(^_^;)
まあ、がんばってみましょう。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
人生から求められること
あけましておめでとうございます。
昨年はお世話になり、ありがとうございました。
年末にあったこととしては、なんと中学の同窓会。
幹事には少し悪いですが、参加は少し考えました。
しかし、メンバーを教えてもらったら、同じ部活だった人もいたので、これでしゃべる相手がいるな、と(笑)
会では、私は「あまり変わらない」と言われました。
「むしろ、若返っていない?」という声も聞こえました。
昔から少し老けていたのかもしれませんが、ここは好意的に受け取りました(笑)
「聞くかな」と思っていた、何人かの人生の歩み。
少し予想していた人もいたのですが、それをさらに上回っていく波瀾万丈も。
でもまあ、色々あっても、またこうやって集まれるのは良いことです。
さて、NHKでは「こころの時代」の再放送をやっていますね。
心理学者のヴィクトール・フランクルについての放送回を何回かに分けて。
第1回目は見逃してしまったのですが、第2・第3回は録画してちゃんと見てみました。
フランクルについては、「夜と霧」は読んだので少しは知っていました。
番組を見て、今回心に残ったのは、「コペルニクス的転回」のところ。
人生に意味を求めるのではなく、人生から何を求められているかを考える方が、積極的に生きられる、ということ。
(番組を正しく理解できていれば)
確か、ケネディ大統領も似たような言葉を残していましたね。
初めの話と少し関連しますが、同窓会では言わなかったけど、自分にだってあった波瀾万丈。
血液型が人生で2回変わった人は、そうそういないと思います。
それから何を学べるか、支えてくれた人々にどう感謝を示すか、そういうことを考えるのが大切なんだろうな、と。
幸い、私は自分より若い世代と関わる仕事をしています。
彼らのために力を尽くしていくのが、まずは大事かな、と。
(ちなみに、フランクルについてはその他の本も読むと良いのかな、と。
時間のあるときに少し調べてみようかと思います)
あと、詳細は書きませんが、今年は少し大きな「変化」が予定されています。
その「変化」に対応していくのが、目標になるかと思います。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
Christmas concerts
というタイトルにしてみました。
という訳で、Christmas concertという名前のコンサートに幾つか行きました。
どこの団体でも、この季節のコンサートはChristmas concertとなるわけですね。
でも、本当は3団体行く予定だったところ、2団体になりました。
と言うのも、3団体目は少し小さめのホールで、すでに「満席」だったのです。
まあ、それでも良いかな、と思ってその日は帰宅しました。
そのコンサートへは、もうちょっと早く行くべきでしたね(^^;)
こうやって、コンサートに行けることは決して普通なことではありません。
昨年は調子があまり良くなくて行けていませんでした。
あと、このブログで書いている病気が悪化していたときも、もちろん無理でした。
「普通のこと」にも感謝して、クリスマスを迎えたいものです。
でも、本当だったら自分は今年のようにずっと聴いている立場ではなく、
演奏したり、指導したり、できた方が良いだろうな、とも思います。
このブログではあまり書いていませんが、音楽については少し経験があります。
プロを目指せるほどの技術はありませんが、趣味として楽しむ程度は。
今の状況はキープしつつ、だんだんと調子を上げていけるようにしたいものです。
そんなことを考えている、今年のクリスマスでした。
いつもよりちょっと短めになりましたが、皆さんも良いクリスマスとお正月をお過ごしください。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
自由に!
前回の診察では、血液検査の結果がほぼ良かったです。
相変わらず、血小板だけ少なめですが。
打てなかったワクチンも少しずつ打っています。
病院のスタッフさん、家族にも感謝です。
さて、最近考えていることは、もっと自由に考えて生活できたら良いのに、ということ。
中村中さんの「柔軟」にこんな歌詞があります。
伸ばして 伸ばして 昨日の嫌なこと 吐き出そう
天井のシミ 数えると 色んな顔が浮かぶ
色々あったけど 色々あるけど
みんなが元気ならいいや
こんな風に物事を考えられたら、歌のタイトル通り、
頭を柔らかくして、過去のことから解き放たれて、気持ちが楽になるだろうに、と思います。
自分は、ある程度は過去のことを気にしているかな、と思います。
あとは、他の人の言う言葉なども。
それについては、旧約聖書の「コヘレトの言葉」にこういう部分があります。
人が語る言葉にいちいち心を留めるな。
そうすれば、あなたの僕の呪いの言葉に 耳を貸すこともない。
(7章21節)
聖書にこんなことも書かれているんだ、と思った人もいるでしょう。
こちらも、心に留めておきたいな、と思います。
ちなみに、コヘレトの言葉、他にも感動すると言うか、納得させられるような部分があります。
そういう意味で自分が好きなのは、4章9節。
一人より二人の方が幸せだ。
共に労苦すれば、彼らには幸せな報いがある。
以前の訳では、
「ひとりよりもふたりが良い。
共に労苦すれば、その報いは良い。」
となっていた箇所。
「良い」よりも「幸せだ」の方が、心に迫ってくるものがあるな、と思います。
「コヘレトの言葉」は、学ぶことがたくさんある書物だと感じます。
最近Amazonで注文したのは、「それでも生きる」という冊子。
おそらく、NHKの「こころの時代」に取り上げられたことがあって、その番組のテキストだったのだろう、と思われるものです。
まだ読み始めたばかりなので、感想等は追って書けるかも、という感じです。
「コヘレトの言葉」、そこまで長くないので、もしご興味があったら全て読んでみることもオススメします。
今考えているのはこういったこと。
あと、読み始めて意外と読み進められている、クリスチャン作家による小説があります。
こちらについての感想もいつか書けるかもな…
いや、普通の小説とは言えないかもだから、コメントは難しいかな、という気もしています…
今日はこんなところです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
2人のアナニア
「アパ・ルーム」と言う、一日一ページ、世界中のクリスチャンが書いた文章が載っている冊子があります。
それの、今年9月のある記事に、円すい角膜症だった方の話がありました。
アメリカのこの方は、2回移植手術をして目が見えるようになった、とのこと。
そして、「2人ともアナニアだと思っています」と書いています。
アナニアとは、目が見えなくなったサウロを目が見えるようにした人。
そういう訳で、とてもぴったりな表現だな、と思います。
そして、2回移植手術をした、という点が正に自分と同じだな、と思います。
このブログでは途中から病名を隠して書いていますが、私も移植をしました。
しかし、1度目の移植は失敗でした。
そして、1ヶ月以上あとに2度目の移植にチャレンジ。
そちらは成功して、今に至ります。
1度目の移植については、バンクを通してドナーさんに手紙を書けたので、一方通行になりましたが、手紙を書きました。
つまり、その方からの返信はありませんでした。
しかし、その移植が失敗してしまったため、返信が来たとしてもどのようにその返信を書くか、とても難しいので、これで良かったのかな、と思っています。
ちなみに、1度目の移植については、ドナーさんの年齢や性別など、ある程度のことは知らされました。
それに対して、2度目の移植はそういった情報はもらえませんでした。
ただ、どの地方から「その成分」が来たか、は教えてもらえました。
その名前も知らない方々ですが、私も正に2人アナニアがいることになるな、と。
最初の移植は成功しなかったけれど、それがあったからこそ、2度目まで生きていられたのだろう、と思います。
365日24時間ずっと彼らのことを覚えているのは難しいでしょう。
でも、そういった方々によって「生かされている」というのは感じなくちゃ、と思います。
私は若い人たちに自分の思いの丈を伝えられる仕事をしています。
最近そういう機会があり、私の話の趣旨をばっちり理解してくれた人がいて、本当に嬉しく思います。
ドナーさん2人、そして今の環境にも感謝をしつつ、歩んで行きたいものです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。